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実家はお前に相続させるが、条件がある~負担付遺贈の行方

「わしが死んだら、お前にこの家をやる。ただし、条件がある。母ちゃんが死ぬまで母ちゃんとこの家に住んで、母ちゃんの面倒をみてやってくれ。」

そう言い残して治五郎さんは天に召され、母ちゃん、つまりは妻のウメさんと、「お前」と呼ばれた長男、そして次男が遺されました。その後、長男は治五郎さんが長年暮らした実家に移り住み、母親が亡くなるまでその面倒をみましたとさ・・・。
このように話が展開すれば弁護士なぞはいらないのですが、そうならないのが世の定め。もとい人間社会の難しさというものです。

実は、長男は母親と同居しませんでした。というのは、治五郎さんが思っていたよりもウメさんは自立心旺盛で、齢九十を超えてもなお、「あたしゃ元気だ。あんたたちの世話にはならん」と言うのです。困った長男は「せめて週に何日かは泊まらせて、面倒をみさせてくれよ」と頼み込み、何とかウメさんの了承を得ましたが、長男の住居は引き続き隣町のアパートであり続けました。
面白くなかったのは次男。「兄ちゃんが実家をもらったのは、あくまでお袋と一緒に住んで面倒をみるという前提だっただろ。なのに、実際には時々実家に帰って泊まっているだけ。おかしいじゃないか」とご立腹です。
そうしているうちに見つけたのが、民法の次の条文でした。

 「負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履行の催告をすることができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」(民法第1027条)

簡単に言えば、遺言で遺産を譲り受ける場合で、遺言に「負担」、つまりは遺産を譲り受ける条件のようなものが付されている場合で、かつ、譲受人がその条件を履行しないときは、他の相続人は家庭裁判所に遺言の取消を求めることができるというものです。
次男はこの条文に基づいて、冒頭の遺言の取り消しを求めました。要は、「兄ちゃんはお袋と同居していない以上、親父の設けた条件を満たしていない。だから遺言を取り消して、実家は普通どおり遺産分割する」というわけです。
こうして、家庭裁判所で裁判が始まりました。

裁判所はこの条文について、ふたつの大切なことを言いました。ひとつは、遺産を譲り受ける者が「義務を履行しない」というのは、その者に責任が認められる場合でなければならないこと。もうひとつは、遺言が取り消されるのは、遺言者(=治五郎さん)が、もし条件が履行されなければ遺言しなかっただろうと思われる関係になければならないということ。
そのうえで、ひとつめの論点について、裁判所は、長男が同居していないのはウメさんが拒否しているからで、長男を責めることはできないし、また、今後、ウメさんがさらに高齢化してひとりで生活することが難しくなったときは、同居の可能性は残っていると言いました。
ふたつめの論点について、実は、治五郎さんは生前、次男に対し絶縁状を突きつけており、長男がウメさんと同居しようとしまいと、次男に実家を相続させるつもりはなかったものと認定しました。そうすると、治五郎さんとしては、条件が履行されなければ遺言しなかっただろうとは言い切れないことになります。
裁判所はそのように判断して、次男の請求を退けました(東京家庭裁判所立川支部平成30年1月19日審判。なお、人名は仮名で、内容は若干脚色してあります)。

天国の治五郎さんが審判についてどう思ったか知る由もありませんが、予想外に元気いっぱいなウメさんの様子に苦笑いしているかもしれませんね。