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そんな和解なんてした覚えはない!~裁判上の和解の無効

「先生、私は夫から離婚訴訟を起こされたんです。本当は離婚したくなかったんですが、いろいろ考えた結果、150万円全額を払ってもらえるなら離婚しようと考えて、しぶしぶ和解に応じたんです。でも、夫はまだ5万円しか払ってないのに勝手に離婚届を出してしまったんです。先生、離婚を無かったことにしてもらえませんか。」

法律相談に駆け込んできたAさんは、手も震わせて相当お怒りのご様子。ちょっと和解調書を見せていただきましょう(実際の調書には原告、被告と書かれていますが、わかりやすく夫、妻と改めます)。

(和解調書)
1 夫と妻は、和解離婚する。
2 夫は妻に対し、和解金として金150万円の支払義務のあることを認める。
3 夫は妻に対し、和解金を○年○月から○年○月まで毎月末日限り金5万円ずつ分割して支払う。
4 夫が分割金の支払いを怠り、その額が10万円に達したときは当然に期限の利益を失い、第2項の金額から既払金を差し引いた残額に年10%の遅延損害金を付して支払う。…(以下略)

Aさんのご主張は、和解金150万円全額を払ってもらってから離婚するはずだったというもの。でも、和解調書には、離婚について和解金全額を支払うことが条件だとは書かれていません。しかも、法律上、離婚に条件を付することはできないのです。
もし、和解金150万円全額の支払いと引き換えに離婚したいということであれば、あくまで夫側に対し和解当日に現金で150万円を持ってくるように求め、和解の席上で150万円の引渡を受けるのと引き換えに和解離婚を成立させるべきでした。
似たケースを取り扱った裁判所も、和解無効を主張した当事者に対し、にべもなく和解は有効に成立しているし錯誤もなかったと認定し、和解によって訴訟は終了しているという「訴訟終了宣言」を出し、控訴審でも維持されました(東京家庭裁判所平成20年4月23日判決、東京高等裁判所平成20年10月8日判決)。
ちなみに、和解の後、その無効が主張された場合の手続きはどうなるのでしょうか。一般的には無効を主張する方が、訴訟はまだ続いているということを前提に、裁判所に対し次の口頭弁論期日を指定するよう求めます。裁判所が和解は無効だと判断すれば、新たな口頭弁論期日を指定し、裁判が続くことになります。実際に和解が無効とされたケースもないわけではありません(和解のなかで賃貸借契約が成立したのに、その場所が特定されておらず、結局どこを借りたのか判然としなかったケースなど)。ただ、現実には無効が認められることはほとんどないでしょう。
一方、裁判所が和解は無効でないと判断しますと、先に触れた東京家庭裁判所の事例のように、裁判所は訴訟終了宣言をします。
さて、Aさんも、そして東京家庭裁判所のケースも、弁護士さんを選任しなかった様子。ひょっとすると「私が何かマズいことをしそうであれば、裁判所が注意してくれるだろう」などと勘違いされたのかもしれませんが、そういう甘い期待は危険です。弁護士を選任しないで裁判をするというのは大きなリスクだと考えるべきでしょう。