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「引きこもりを治します!」~留学あっせん会社の責任

子どもの引きこもりや家庭内暴力に悩む親は、決して少なくありません。自室から出てこない子どもに直面すると、「一生出てこないのでは」と不安が募ったり、「自分が悪かったのでは」と自責の念にかられたり・・・。出口のないトンネルに放り出されたみたいに、途方に暮れてしまうというのが率直な気持ちでしょう。
加世子さんも、同じ悩みを抱える母親です。剛君が幼い頃に離婚し、女手ひとつで育ててきましたが、剛君は中学になじめず、まもなく不登校に。やがて自室にこもってゲームをする毎日になりました。ついつい加世子さんが詰(なじ)ると剛君は物を投げたりして暴れます。それが徐々にエスカレートし、加世子さんの手に負えなくなってきました。
すがる思いでインターネットを探していたところ、偶然見つけたのがジェイ留学研究所でした。

「最初は、家庭にカウンセラーを派遣してくれるというお話でした。所長を含めて3人ほどが頻繁に訪問してくれて、剛と外で食事をしながら話をしてくれることもありました。」
でも状況は好転しません。ある日、所長は加世子さんに1枚のパンフレットを渡します。
「『ジェイ海外留学プログラム』と書かれていました。剛が私に甘えてしまうから、いっそ海外で生活させた方が改善につながるだろうということでした。」
パンフレットには、ジェイ留学研究所と現地世話人が常に連携して留学中のケアを行うことや、現地の高校の入学から卒業、そして卒業後の進路までサポートすることなどが書かれていました。
6月、剛君はオーストラリアのシドニーに旅立ちました。加世子さんは祈るような気持ちで送り出しました。ところが、あにはからんや、剛君はその年の12月、突然ホームステイ先を出て、行方不明になります。剛君が自分で航空券を買って、日本に住む父親のところに身を寄せたことがわかったのは、加世子さんが出奔を知った数日後でした。


帰国後、研究所のずさんな対応が明らかになりました。剛君は2度、体調を崩して入院したのですが、現地世話人はほとんど関わらず、放置されていました。まだ高校生に過ぎなかった剛君。異国の地での入院はとても心細かったに違いありません。その後も、引きこもりなどの課題を抱える剛君に対するケアはほとんどなされず、剛君は耐えかねて、勝手に帰国してしまったのでした。
加世子さんが研究所に支払った400万円余の返還を求めて裁判を提起すると、研究所は、「自分たちの役割は留学手続をするだけで、手続はきちんとやった。剛君が勝手に帰国したのは、加世子さんが甘やかしたことと、剛君のわがままが原因だ」などと主張しました。しかし、裁判所は、研究所がそもそも剛君の引きこもり等の問題を解決するために関わっていたことから、単なる留学手続さえすればいいのではなく、留学中のカウンセリング等もしっかりやるべきだったのに、それを怠ったとして、加世子さんの請求を認めました。


ところで、たぶん皆さんも気になったのではないでしょうか。なぜ、剛君が母親である加世子さんのところではなく、離婚した父親のところに身を寄せたのか。この点については、判決は全く触れていませんし、そうである以上、不用意な詮索は禁物でしょう。ただ言えることは、現象面は「引きこもり」というたった一言で定義づけられても、子どもの気持ちや家庭環境はとても複雑だということ。「甘やかし」、「わがまま」といった単純な言葉で片付けようとする人たちは、決して関わるべきではありません(東京地方裁判所平成22年5月6日判決。文中は仮名で、若干脚色してあります)。