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恋多き母の求めた婚姻費用

夫が妻と子を置いて家を出た場合、夫は妻と子どもの生活費として婚姻費用を支払う必要があります。実際には夫と妻の収入を比べて計算しますが、現在は裁判所が算定表を公表していますので、特別の事情がない限り、これによって決めています。
離婚に至った後も、元夫(父)は元妻(母)に子どもの養育費を支払う必要がありますが、こちらは婚姻費用と異なり、妻の生活費は含めません。というのは、離婚後は元夫は元妻の面倒を見る必要がなく、子どもの生活費だけを考えればよいからです。

さて、ある有名上場企業に勤める三郎さんは、光子さんと結婚してふたりの子に恵まれましたが、光子さんの不倫に気づいたのは5年前。相手は娘の通う小学校のPTA会長でした。三郎さんは傷心のあまり家を飛び出します。でも、実は光子さんは少し前から「うつ病」を患い、突然家出をして一人旅をするなど、精神的に不安定なところがあったようです。三郎さんは、「きっと妻は心を病むなかで、一時の感情に身を委ねてしまったのだろう。」と自らを納得させて別居解消。元の鞘(さや)に収まりました。
ところが、これでハッピーエンドにならないところが、人生の楽しい・・・、もとい、悩ましいところ。光子さんは、今度は娘の男性ピアノ講師にぞっこんになってしまいます。正確に言えば、三郎さんに確証はありません。ただ、偶然見つけたSNSの会話内容をみると、(判決の言葉を借りれば)「娘の習い事の先生との間の会話とは到底思われないやりとり」だったことから、間違いないと思った次第でした。
三郎さんは、再び別居へ。そうしたところ、光子さんは三郎さんに対し婚姻費用の支払を要求します。まだ離婚していないので、光子さんの生活費も含めた金額を要求しました。三郎さんは、子どもたちの生活費を支払うことはともかく、光子さんの生活費まで支払うことには、どうしても納得できません。「こうなった責任は妻にある。なぜ妻の生活費も支払わなければならないのか?!」というわけです。
これに対し、光子さんは不倫そのものを否定。裁判はいよいよ全面戦争の様相を呈してきました。

ポイントは、ふたつ。ひとつめは、別居の原因がもっぱら子どもを養育している親にある場合(不倫がほとんどなんですが)、他方の親は、原因をつくった親の分まで生活費を支払わなければならないか。この点に関する裁判所の考え方は概ね固まっていて、別居している親は、もっぱら子どもの分だけ、つまり養育費に相当する金額だけ支払えばよいことになっています。
ふたつめのポイントは、光子さんの「有責性」、つまり別居の原因をつくった責任がもっぱら光子さんにあるのかどうか。この点は、要するに不倫の事実があったのかという問題に帰着します。実は、裁判所の判断はここで分かれました。
第一審の家庭裁判所は、SNSの会話だけでは不倫の証拠にならないと述べて、三郎さんの主張を退けました。これに対し、第二審の高等裁判所は、SNSの会話から「不貞行為は十分推認される」と述べて、三郎さんは光子さんの生活費まで負担する必要はないと判断しました。
なぜ判断が分かれたのか不明ですが、そもそも婚姻費用はスピーディーに結論を出すべき問題であるから、厳密な事実認定よりもスピーディーな解決を優先したのではという見方もあるようです。でも、スピーディーに支払ってもらいたいのは光子さんの側なのに、スピーディーに不倫を認定されてしまったとしたら、ちょっと皮肉ですよね(神戸家庭裁判所平成27年11月27日審判、大阪高等裁判所平成28年3月17日決定。少し脚色をしています)。
掲載日 2020.03.26