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仔猫とコロナウイルス~ペットロスの損害賠償

 日本のみならず世界を席巻しているかのような新型コロナウイルス。致死率が高いわけではないと言いますが、亡くなられた方もいらっしゃって、心が痛みます。今日のお話もコロナウイルスなのですが、実は被害者はヒトではなく、ペルシャ猫のペロちゃんです。
 ペロが生まれたのは、寒い寒い1月下旬。ペットショップで飼い主Aさんに引き取られたのは、風の優しくなった4月でした。人間に引き直すと、ちょうど小学校入学くらいの年齢だそうです。
 ペロはAさんに大切に育てられましたが、異変があったのは7月初めでした。Aさんはペロを連れて最寄りの動物病院を訪ねます。
 「先生、ペロは1週間ほど前から元気がなくなり、寝ていることが多くなったのです。そして、数日前から食べてくれなくなりました。」
 B先生が診察してみるとペロには高熱があり、腹水が貯まっており、血液検査では炎症反応が認められました。先生は猫コロナウイルスによって引きおこされる猫伝染性腹膜炎(FIP)を疑い、ペロの血液サンプルを検査センターに送って、結果を待つことにしました。数日後、結果が出たものの、この時点では抗体価は高くなく、FIPの確定診断は困難でした。
 しかし、8月に入っても病状は悪化するばかりで、別の大きな動物病院で検査をしたところ、今度は高い抗体価が認められ、FIPであることがはっきりしました。
 猫伝染性腹膜炎(FIP)とは、猫コロナウイルスによる感染症です。実は、猫コロナウイルスに感染しても大部分の猫は発症しないのですが、若干発症する場合があり(猫の体内で強毒性のウイルスに突然変異するという説もあるそうです)、発症すると、わずかな例外を除き死んでしまうという恐ろしい病気です。
 ペロの場合も、Aさんは複数の動物病院を受診させましたが改善せず、9月初め、最寄りの動物病院で胸水抜去等の施術を行ったところ、呼吸が停止してしまいました。B先生は酸素吸入や心臓マッサージを行い、強心剤等を注射しましたが、息を引き取りました。
 裁判は、AさんがB先生を相手取って損害賠償を求めたものでしたが、実は、胸水抜去等の施術に関しては、B先生自身も過失を認めていたようで(興味深いことに、判決を読む限り、裁判官自身、何が過失だったのかよくわからなかったようです)、主な争点は、B先生が事前と事後にきちんと説明したかどうか、そして損害の金額でした。
 裁判官は、説明義務違反の主張は排斥した上で、損害額の算定に移りました。ひとつめの争点は、ペロの購入価格20万円が損害になるか。裁判所はFIPを発症している猫はほぼ助からず、市場価値は認められないから、損害はゼロと判断しました。もうひとつは、慰謝料。B先生は争いましたが、裁判所は愛猫を失ったAさんの精神的苦痛は認められるとし、それを6万円と評価しました。
 お金の話にはやや鼻白んだ方もいらっしゃるかもしれませんが、いずれにしても感染症との戦いは種を超えて存在するのだと気づかされるケースでした(東京地方裁判所平成19年9月26日判決。猫の名も含めて若干脚色してあります)。

※猫コロナウイルスは、現在流行している新型コロナウイルスとは全く別のウイルスです。
掲載日 2020.03.11