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橋のたもとの決闘の行方~決闘罪

最近、荒川河川敷でタイマンを張った高校生が「決闘罪」で書類送検されたという報道がありました。「決闘罪」なんて古風な罪があるのかと驚かれた方も多いのではないでしょうか。
「決闘罪」は、「決闘罪ニ関スル法律」という、今から130年前の明治22年につくられた法律によるものです。当時は鹿鳴館(ろくめいかん)華やかなりし欧化政策の真っ只中。しかし、時の政府は西洋文化を積極的に採り入れる一方、西洋でしばしば見られる決闘の風習が日本に広まることをおそれ、この法律をつくったそうです。
「決闘」とは、当事者間の合意によりお互いに身体または生命を害する目的で戦う行為と言われています。「バカなやつらが自分たちの合意でやっているんだから、放っておけばいいだろう」。いえいえ、そうはいきません。引っ込みが付かなくなるというのが、男の悲しい性(さが)なのです。

サトシはユミと恋愛関係にありましたが、「女心と秋の空」というように、いつしかユミの心はタツヤの方に向かったようです。しかし、サトシはユミのことを諦めきれません。ある日、タツヤから、「お前、いいかげんにしろ。ユミに付きまとうな。」と言われたサトシは、激高し・・・、
サトシ「お前、おれと命かけて勝負する気、あんのか。」
タツヤ「上等だ。今晩、ムラサキ橋のたもとで勝負だ。」
売り言葉に買い言葉。ふたりとも後に引けなくなってしまいました。
そして、舞台はムラサキ橋のたもとへ。サトシが用意した一本の包丁がふたりの前に置かれます。
サトシ「どっちがやっても、やられても、警察に言わないことにしようぜ。」
タツヤ「望むところだ。」
ふたりは同時に包丁に飛びつきますが、運よくつかみ取ったのはサトシの方。次の瞬間、タツヤの腹部が血に染まります。それで動転したのもサトシの方でした。
サトシ「大丈夫か。こんなはずじゃ・・・。すぐ病院に行こう。」
サトシは、うなるタツヤを車に乗せて病院へ。包丁はタツヤの腸に届いていましたが、幸いにも一命は取り留め、1か月ほどで退院になりました。

サトシは決闘罪、殺人未遂罪、銃刀法違反で逮捕。しかし、拘置所に入ったサトシは反省しきりで、ユミと別れることを決意します。一方のタツヤも、サトシを許すことにしました。判決は懲役3年、執行猶予4年。サトシは刑務所行きを免れました。
ちなみに、決闘に立ち会った者も1年以下の懲役になります。「ポケ○ンをバトルさせたら決闘立会罪?」 ええと、判例がないのでわかりません・・・(東京地方裁判所八王子支部平成6年12月26日判決。若干脚色してあります)。