お知らせ

宙に浮いた接待費

三ツ葉商事営業部長の木下さん。マルモ冷凍の篠崎常務とご一緒にご来店です。

店主「あ、木下部長、いらっしゃいませ。いつもご贔屓(ひいき)にありがとうございます。」
木下「おう、大将。今日はマルモ冷凍の篠崎常務をお連れした。うちの商売がかかってるんだ。とびきり美味しいの、頼むよ。」
店主「わかりました。いい魚が入ってますんで、期待してください。」

 店主のきめ細やかな心遣いのおかげで酒席は終始和やかで、午後10時過ぎ頃、ふたりは機嫌よく店を後にしました。
 おや、木下さん、お代を支払っていないのでは? いえ、大丈夫。いつも「木下一郎」様宛の請求書を三ツ葉商事宛に送ると、1か月後に三ツ葉商事から代金が振り込まれるのです。

 ということで、店主はいつもどおり「木下一郎」様宛の請求書を送ったのですが、一向に振込がありません。怪訝(けげん)に思って三ツ葉商事の経理部に問い合わせると、何と木下部長は退職していました。どうもマルモ冷凍との商談が上手くいかず、社長の逆鱗(げきりん)に触れてクビになったようなのです。経理部からは、「その接待は把握しておりません。木下個人が飲食したものですね。当社としてお支払いはいたしかねます。」と言われてしまいました。
 慌てて店主が木下さんの携帯電話に電話すると、「あれは会社の接待だったんだから、会社に請求してくれ。俺はクビになったし、もう知らんよ。」との答え。泣き寝入りしてもいいくらいの金額ではありましたが、やはり心を込めてつくった料理に何も支払われないのは納得いきません。でも、どちらに請求しましょう、いつも代金を払ってくれていた三ツ葉商事か、それとも実際に飲食をした木下さんか・・・?
 本当に悩ましい選択ですが、店主の選択は木下さんでした。ところが第一審では負けてしまいます。接待は社用なのだから会社が負担すべきで、従業員にすぎなかった木下さんが負担するのはおかしいというのです。これに対し、控訴審では逆転勝訴。請求書がこれまでも個人宛だったことを考えると、あくまで支払義務があったのは木下さんで、会社は社用と認める場合に代わりに支払っていただけ、というのが控訴審の考え方でした。
 店主はさぞかしほっとしたでしょうが、仮に会社に請求していたらどうでしたでしょうか。実は法律上いろいろな論点があり、こちらも微妙だったと思われます。接待は、仕事とプライベートの狭間にあって、境界がはっきりしないもの。やっぱりその場で支払ってもらいましょう(東京地方裁判所昭和40年7月15日判決。若干脚色をしてあります)。