お知らせ

名刀○宗の売買~即時取得と商慣習

 上杉さん「ちょっと、ちょっと。おたくのホームページに載ってる日本刀、あれ、うちのだよ。うちが尾張堂の織田さんに預けたやつだよ。返してくれよ。」
 上杉さんは越後美術という屋号で日本刀を含む美術工芸品を販売しているんですが、ある日、同業・尾張堂の織田さんから「お客に見せたいんで、ちょっと貸してくれんかな」と頼まれ、相場で500万円以上もする名刀○宗を貸しました。
 ところが、実は「客に見せる」は真っ赤なウソ。織田さんは経済的に苦しくて、預かった刀を、やはり同業・甲斐刀剣店を経営する武田さんに売ってしまったのです。いえ、正確に言うと「買い戻し特約付き」。つまり、500万円で武田さんに売るけれど、一定の期日に550万円で買い戻すという約束で、要は他人の刀を担保にカネを借りたというわけ。しかし、傾いた尾張堂に買い戻すカネはなく、甲斐刀剣店は尾張堂から買った刀をホームページで売りに出したのでした。
 甲斐の武田さんの反論は? 「うちは、即時取得したんだよ。だから返す必要は無いんだよ。文句があるなら、尾張堂の織田に言うんだな。」
 上杉さん「ソ、ソクジシュトク???」
 はい、即時取得。善意取得とも言いますが、ある人から物品を買ったとしますね。あなたとしては、その売主が正当な権利をもっていると過失なく信じて買えば、本当は権利がなかったとしても、あなたはその物品を自分のものにできる、という制度です。即時取得が成立してしまいますと、本来権利を持っていた人は、もはやあなたに対して「返せ」とは言えなくなるのです。
 もちろん、上杉さんは引き下がれません。かくして、名刀○宗をめぐり、越後の上杉と甲斐の武田が激突することに相成りました。軍配はいかに???
 裁判では「過失」が争点になりました。仮に甲斐の武田さんが、日本刀の権利は尾張堂にあったと信じていたとしても、その点に「過失」があれば即時取得は成り立たたないからです。
 実は、日本刀は日本刀だけで売ることはできません。銃砲刀剣類所持等取締法という怖い名前の法律があって、日本刀を所持するには登録が必要で、日本刀を第三者に売る場合には必ず登録証とともに引き渡さなければならないことになっています。違反すれば、6月以下の懲役または20万円以下の罰金です。ところが、くだんの名刀○宗の登録証は上杉さんが持っており、尾張堂は所持しておらず、従って武田さんは登録証の無い日本刀を受け取っていたのでした。
 元所有者の上杉さんは、「日本刀の取引には、必ず登録証とともにしなければならないという商慣習があった。武田さんも刀剣の売買を業としてやっていたのだから、当然知っているはず。今回、尾張堂は登録証をもっていなかったから、武田さんとしては尾張堂が正当な権利者でないことに気づけたはずだ」と主張し、武田さんの過失を指摘しました。
 これに対し、武田さんは、「プロの間では『とりあえず登録証は後で』なんていう取引だってあるんですよ。尾張堂は後で必ず登録証を引き渡すって言っていたのだから、過失はないし、即時取得は成立するはずだ」と負けていません。
 しかし、裁判所は、今回は上杉さんに軍配を上げました。銃砲刀剣類所持等取締法が刑事罰まで設けて登録証の無い日本刀売買を禁じているのですから、やはり刀剣取引の業界内には日本刀を売る場合には必ず登録証を一緒に引き渡すという商慣習があったというべきで、にもかかわらず、登録証を持たない尾張堂を信じた武田さんには過失があったと判断したのです(東京地方裁判所平成23年3月17日判決。文中仮名。多少脚色してあります)。
 え、刀を取り戻されてしまった武田さんはどうしたかって? さあ、判決からはわかりませんが、多分、次は長篠あたりで織田さんと戦ったのではないでしょうか(^ ^;)