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家族会議で決めたこと~書面によらない贈与と解除

法律事務所の昼下がり、ややお年を召した松子さんと、娘の桜子さんと桃子さんが相談にいらっしゃいました。どうも長女の楓(かえで)さんとトラブルになっているようです。
松子さんの話を聞いてみましょう。

「夫はしばらく前に亡くなって、私と楓がアパート『啓明荘』を相続しました。土地は私と楓が半分ずつ、建物は私名義です。次女の桜子も多少相続しましたが、訳あって、末娘の桃子は何も相続しませんでした。その後、桃子は離婚して、女手ひとつでふたりの子を育てており、生活はとても苦しく、子どもの進学費用さえ出せない状況なのです。
そこで、楓を含む三人娘と家族会議を開きました。亡夫にかわいがられていた楓は啓明荘の他にもいくらか預金を相続していましたし、経済的にも余裕があるので、この際、私と楓が啓明荘を売ってお金にして、楓に支払われる代金分を桃子に援助するということにしたのです。楓も納得しており、桃子はとても感謝していました。契約書ですか。家族内ですので、そういうものは作りませんでした。
幸い啓明荘は相場より高く売れて、全部で4000万円が入ることになり、楓の口座に土地の持分に相当する1000万円が振り込まれました。ところが、楓はなかなか桃子に振り込みません。最初は「早めに振り込んであげてね」などと穏やかに諭していたのですが、私もだんだん不信が募って、ついには口論になってしまいました。すると、楓は私の態度が悪いから、もう桃子への援助はしないと言い出したのです。
そこで私は気づきました。楓は、元々桃子を援助するつもりなどなかったのです。私たちを騙(だま)して啓明荘を売らせて、まんまと1000万円の現金を手に入れたのです。
先生、何とか楓の手許にある1000万円を桃子に渡してやれないでしょうか。」

 松子さんと妹さんたちのお怒りはもっともですが、楓さんに1000万円を支払わせるのはなかなか難しいですね。ほぼ同じようなケースで、長女は贈与契約の解除を主張し、裁判所はそれを認め、母や妹たちの請求を棄却しました(東京地方裁判所平成26年2月28日判決)。一般に、契約は口頭でも有効ですが(もちろん立証の問題は残りますが)、贈与契約については特別の定めがあり、書面によらない贈与は履行が終わるまでは解除できることになっているのです(民法550条)。やはり家族内といえども何らか書面に残しておくべきでした。なお、この方法だと贈与税も問題になりそうです。
ということで、1000万円については諦めるほかなさそうですが、きょうだいは互いに経済的に支え合う義務があるので(民法877条)、もし桃子さんの生活が生活保護レベルを下回る一方、楓さんにはそれなりに余裕があるようなら、家庭裁判所に扶養の調停を申し立てることも考えられそうですよ。