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とある手紙の証拠的価値

元依頼者から受け取った手紙を、元依頼者を相手とする裁判に証拠として提出すると聞けば、ほとんどの弁護士は「マズいんじゃない?」と思うでしょう。実際マズいんですが、具体的な場面に身を置くと、老練な弁護士といえども、常にそういう判断になるわけではないようです。

A先生は、その地方の名士と言われる弁護士さん。元々竹治さんとは旧知の間柄だったところ、その縁で竹治さんの長男(松治さん)から離婚事件を受任します。離婚事件は首尾よく解決したのですが、その7~8年後、前妻との間の子の面会交流をめぐって、再び松治さんから相談を受けます。この際、松治さんがA先生に送った手紙が、その後、問題となります。
実は、その頃、A先生は竹治さんからも相談を受けていました。竹治さん曰く、「実は私の所有する不動産を二男の梅治に譲ろうと思うんじゃ。でも、長男の松治には黙っていようと思うんじゃ」。A先生は贈与契約そのものには関わらなかったようですが、実際に竹治さんは亡くなる前に、不動産を梅治さんに贈与したようでした。
竹治さんの逝去後、松治さんは「梅治へ贈与した時点で、父は認知症になっていた。だから贈与は父の意思に基づかず、贈与は無効だ」と訴訟提起。受けて立つ梅治さんの代理人になったA先生は、竹治さんが松治さんに黙って不動産を梅治さんに贈与する意向を持っていたと主張したのですが、その際、先に触れた手紙を証拠として提出したのでした。松治さんの承諾はありませんでした。


なぜ、A先生は手紙を提出したのか。ここはちょっと理解が容易ではありません。というのは、松治さんの手紙には、父の財産のことなど何も触れられていなかったのです。書かれていたのは、前妻と後妻との確執とか、まあ、松治さんと前妻、後妻とのドロドロした関係だけでした。
このようなプライバシー満載の手紙を提出したA先生の説明は、こうです。「松治さんから私に宛てた手紙に不動産も贈与も触れられていなかったのは、まさに、竹治さんが松治さんに何も言っていなかったからであります。つまり、まさに、竹治さんが密かに梅治さんに贈与する意思を持っていたことは明らかだと思うのであります」。
えっと、でも松治さんは前妻とのことを相談するためにA先生に手紙を書いたのですよね。仮に竹治さんから贈与の話を聞いていたとしても、その手紙に贈与のことを書くとは限らないんじゃないでしょうか。ということで、裁判所は手紙を証拠として提出する必要はなかったとして、手紙の提出は違法だと判断したのでした。


ただ、ここからは仮定の話ですが、もしこの手紙が梅治さんの主張を裏付ける決定的な証拠だったらどうでしょう。A先生としては、元依頼者である松治さんのプライバシーを守る必要もある反面、今の依頼者である梅治さんのためにベストを尽くす必要があります。いわば「板ばさみ」の状態になってしまいますね。
ですから、A先生としては、そもそも梅治さんの代理人を引き受けるべきではありませんでした。弁護士は依頼者との間で高度な義務を負いますので、潜在的な利害関係に敏感でなければなりません。竹治さんの高校の同窓生だったというA先生としては、梅治さんを助けるということは、すなわち亡竹治さんの遺志を実現するということになるため、一肌脱ごうと思われたのかもしれません。ですが、信頼できる弁護士に梅治さんの弁護を委ねるなど、他にも手はあったと思うのです。弁護士会はA先生を戒告処分としました。


最後に、裁判所はA先生に対し松治さんへ賠償金を支払うよう命じたのですが、いくらでしたでしょうか。答えは「10万円」でした。これでは勝っても費用倒れですね・・・。一方、松治さんと梅治さんとの紛争の行く末については、知るよしもありません(広島高等裁判所平成27年6月18日判決)。