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「死んだ後のことは頼む」~死後事務の委任

「叔母は、亡くなった父の預金を勝手に引き出して横領したんですよ。その金額は2000万円を超えるんです。叔母は勝手に使った全額を、唯一の相続人の私に支払うべきです。」
晃さんは、相当にご立腹。聞けば、晃さんは、当時結婚していた父・誠さんと母・絹子さんの間に生まれましたが、晃さんが幼少時に離婚。晃さんは母親に引き取られ、父親とは没交渉だったとのこと。成人後、偶然父・誠さんが亡くなったことを知り、調べてみたところ、多額の預金が引き出されていたというお話です。晃さんのお話を聞く限り、叔母の敗訴は間違いなさそうです。
以下、裁判所の認定した事実関係を見ていきましょう。
今回亡くなった誠さんの父・伊之助さんは、群馬県内で妻であるサワさんと一緒に農業を営んでいました。伊之助さんが急死した際、サワさん、誠さん、そして叔母(誠さんの妹)であるミツさんの3人で話し合い、伊之助さんの農地その他の財産は全部誠さんが相続することにしました。もちろん、法律上、サワさん、ミツさんも相続権がありましたが、農地は分けてしまうと支障が生じるもの。ですから、誠さんが母・サワさんの老後の面倒を見るという約束で、誠さんが全部相続することにしたのでした。
ところが、誠さんは、その後、精神病を発症してしまいます。病名まではわかりませんが、いわゆる意思能力が無くなってしまうほどではなかったものの、適切に財産を管理することは難しかったようです。誠さんは農地を売却し、その代金の入った通帳と印鑑を母・サワさんに預け、自分自身はもとより、サワさんの生活費や療養費、その他家を維持するためのさまざまな費用を支払ってもらうようになりました。
誠さんが亡くなった後、ミツさんは年老いたサワさんを引き取り、引き続き誠さんから託された口座から、サワさんの生活費、医療費、デイサービスの利用費、法事の費用などを支出しました。サワさんが亡くなった後は、葬儀費や仏壇の購入などを支払いました。最後に残ったお金については、ミツさんは晃さんに返しました。
裁判所は、誠さんは、自分自身は精神病のため財産管理が難しいので、サワさんとミツさんに委ねていたと考えました。そして、その委任契約は、誠さんが死亡した後の事務処理も含むものだと解釈しました。
民法では、委任した人が死亡したとき、委任契約は終わると定めています。そうすると、死後の事務処理を委任することは不可能であるようにも思われます。しかし、以前から、この条文は一般論を述べただけで、委任した人の意思によっては、死亡した後も委任の効果が続くこともあると解されてきました。裁判所はその考え方に基づいたものと思われます。
もっとも、判決を読む限り、契約書など誠さんの意思がはっきり書かれた文書は残っていなかったようです。ですから、誠さんが伊之助さんの遺産を単独相続した事情、誠さんが精神病に罹患した事情、その後、通帳などをサワさんに預け、サワさんが遺産を管理してきた事情などを踏まえ、いわば総合的に判断したものと思われます。
事案としても、妥当な解決だったといえそうです。確かに、法律上は晃さんが唯一の相続人であるとはいえ、晃さんは誠さんやサワさんの生活に一切関わっておらず、相続は「棚ぼた」にほかなりませんでした。一方、誠さんもサワさんも、伊之助さんの残した財産に頼るほか、生活の術(すべ)がありませんでした。おそらく、裁判所の解釈に、天国の誠さんも「うん、うん」と、うなづいていたのではないでしょうか(東京高等裁判所平成11年12月21日判決。文中仮名。若干脚色してあります)。